資料室 ── 市場構造・コスト ── 更新 2026-08-26

「クロス円は割高」は半分だけ本当だった — 9本のクロスで合成レート説を検証する

「クロス円はスプレッドが広い」——理由として「ドルを経由した合成レートだから、2本ぶんのコストがかかる」という説明をよく見ます。

理屈は分かります。ただ、本当にそうなっているのかを数字で確かめた資料が見当たりませんでした。

そこで測りました。通貨ペア17本の3年分のティックです。結果を先に言うと、当たるペアと外れるペアがありました。しかも外れ方が中途半端ではありません。

結論

  • 合成レートなら、クロスのコストは元になる2本の足し算になるはず。実際に計算すると、9本中5本がほぼ計算どおりだった
  • とくに英ポンド/円は「実測 ÷ 合計 = 1.00」とぴったり一致。ユーロ/円も0.97
  • ところが豪ドル/円は0.42、NZドル/円は0.54。合成の半分程度しかない
  • 値動きの大きさで調整しても結論は変わらない。豪ドル/円のコストは、値動きに対して豪ドル/米ドルの約半分
  • ただし朝方は話が逆になる。ロールオーバー時間帯の拡大は円がらみのペアが最も大きい(円がらみ6本が8.3〜11.4倍、円以外11本は3.6〜8.1倍)
  • つまり「クロス円は割高」は、平時には一概に言えず、朝方には当たる

何を測ったか

  • データ: ForexTester 6 の Advanced Data Feedが配信する実勢ティック(bid/ask両方)
  • 期間: 2023年8月25日〜2026年8月23日(UTC)の3年間
  • 通貨ペア: 17本(ドルストレート7本、クロス9本、エキゾチック1本)。合計10億ティック超
  • 単位: 刻みも価格水準も違うペアを並べるため、**bp(スプレッド ÷ 価格 × 10000)**に統一しました

pipsや銭のままでは比べられません。米ドル/円の0.6銭と豪ドル/米ドルの1.0pipsのどちらが高いかは、価格に対する比率に直して初めて分かります。

仕組み: 「合成だから広い」とはどういうことか

クロス円は、その通貨の対ドルレートと米ドル/円を組み合わせて作られます。豪ドル/円なら、豪ドル/米ドルと米ドル/円です。

2本を経由するなら、それぞれのスプレッドを1回ずつ払うことになります。相対コスト(bp)で表せば、単純な足し算になるはずです。

豪ドル/円の bp ≒ 豪ドル/米ドルの bp + 米ドル/円の bp

**この式が成り立っているかどうかは、実測で確かめられます。**成り立っていれば合成の説明が当たっているということですし、実測のほうが明確に小さければ、どこかで直接値付けされていることになります。

結果1: 9本中5本は、ほぼ計算どおりだった

クロス実測(bp)元の2本の合計実測 ÷ 合計
英ポンド/円1.011.011.00
ユーロ/円0.650.670.97
ポンド/スイスフラン1.731.671.04
ユーロ/英ポンド0.940.881.07
ユーロ/カナダドル1.231.141.08

比が1.00に近いほど「合成の理屈どおり」です。英ポンド/円は小数点以下まで一致しました。

ここまでは通説どおりです。合成レートという説明で、コストの水準がきれいに説明できています。

結果2: 豪ドル/円とNZドル/円だけ、大きく外れる

クロス実測(bp)元の2本の合計実測 ÷ 合計
豪ドル/円0.801.910.42
NZドル/円1.122.090.54
スイスフラン/円1.221.460.84
ユーロ/スイスフラン1.061.330.80

豪ドル/円は、合成で計算した値の4割程度しかありません。

理由として考えられるのは、このペアがドルを経由せず直接値付けされているか、売りと買いの注文が内部で相殺されていて2本ぶんのコストが発生していないか、そのどちらかです。どちらであるかは、外から観測できるデータでは区別できません。

言えるのは、「クロスだから2本ぶん払っている」という前提が、このペアには当てはまらないということです。

結果3: 値動きで調整しても、結論は変わらなかった

bpは値動きの大きさを考慮していません。よく動くペアはスプレッドが広くても、動きに対しては不利でないかもしれない——これを確かめる必要があります。

そこで、1分ごとの値動きの中央値をbpで出し、スプレッドをそれで割りました。この比が大きいほど、値動きの割にコストが重いことになります。

通貨ペア1分値動き(bp)スプレッド(bp)コスト比
ユーロ/米ドル0.4610.2750.60
米ドル/円0.5990.3960.66
豪ドル/円0.7770.8031.03
ユーロ/円0.5790.6321.09
英ポンド/米ドル0.5170.6021.16
NZドル/円0.7721.1311.47
英ポンド/円0.6391.0031.57
米ドル/スイスフラン0.5461.0351.90
豪ドル/米ドル0.7051.4452.05
スイスフラン/円0.5931.2342.08
NZドル/米ドル0.7381.7482.37

クロス円と、その通貨のドルストレートを並べると、こうなります。

通貨クロス円ドルストレートどちらが有利か
豪ドル豪ドル/円 1.03豪ドル/米ドル 2.05クロス円が約半分
NZドルNZドル/円 1.47NZドル/米ドル 2.37クロス円が有利
スイスフランスイスフラン/円 2.08米ドル/スイスフラン 1.90ほぼ同じ
ユーロユーロ/円 1.09ユーロ/米ドル 0.60ドルストレートが有利
英ポンド英ポンド/円 1.57英ポンド/米ドル 1.16ドルストレートが有利

**結果2と完全に一致しました。**合成どおりだったユーロ/円・英ポンド/円はドルストレートより不利、合成から外れていた豪ドル/円・NZドル/円は有利です。

値動きで調整しても結論は覆らず、むしろ裏づけられました。

結果4: ただし朝方は、円がらみが最も悪化する

ここまでは平時の話です。スプレッドが開くのは1日1時間で書いたとおり、スプレッドはロールオーバーの1時間だけ大きく開きます。その拡大幅を通貨ペア別に見ると、順番が変わります。

群拡大倍率の範囲通貨ペア
円がらみ(6本)8.3〜11.4倍豪ドル/円 11.4 / NZドル/円 10.2 / ユーロ/円 9.7 / 米ドル/円 9.0 / 英ポンド/円 8.6 / スイスフラン/円 8.3
円以外(11本)3.6〜8.1倍ユーロ/スイスフラン 8.1 〜 NZドル/米ドル 3.6

円がらみの6本が上位を独占しています。重なるのはスイスフラン/円(8.3)とユーロ/スイスフラン(8.1)が接するところだけです。

説明として自然なのは、日本時間6〜7時という時間帯の性質です。ニューヨークのロールオーバーが起きる一方で、東京市場はまだ開いていません。円の値を出す主体が不在の時間にロールオーバーが重なるので、円がらみだけ余計に開く、という構図になります。

豪ドル/円は、平時のコストが最も軽い部類なのに、朝方の悪化は全ペア中で最大でした。平均で語ると、この二面性が消えます。

実務でどう使うか

  • **「クロス円だから割高」という判断は、そのままでは使えません。**豪ドル/円とNZドル/円については、実測では逆でした。自分が使うペアで確かめてください
  • 比べるときは**pipsや銭ではなくbp(価格に対する比率)**に直してください。単位が違うものをそのまま並べると誤ります
  • さらに値動きの大きさで割ると、実感に近い比較になります。よく動くペアは、スプレッドが広くても不利とは限りません
  • **時間帯を分けて見てください。**平時の順位と朝方の順位は違います。朝方に約定する戦略なら、円がらみのペアはとくに不利になります(実測した時間帯プロファイル参照)
  • なお、その「朝方」が何時なのかは季節で1時間ずれます。夏は日本時間6時、冬は7時です(サマータイムで検証は1時間ずれるで実測しています)
  • 通貨ペアの性質そのものは通貨ペアの性質と相関、スプレッドが動く仕組みはスプレッドはなぜ変動するのかを参照してください

データの見方(方法と限界)

  • **データ源は1つです。**ForexTester 6 の Advanced Data Feed が配信するティックを使っています。その先の流動性提供元は公開されていませんので、特定のFX業者のスプレッドではありません。読み取れるのは市場全体の傾向です。別の配信元では合成の比率が違う可能性が高い点にも注意してください。とくに「直接値付けかどうか」は調達方法に依存します
  • **このデータ自体の品質も検査しました。**為替17銘柄はいずれもスプレッドの値が連続的に分布しており、市場が値をつけたデータと見てよい形でした。検査の手順と結果はForexTesterのデータはどこまで信用できるかにまとめています。同じフィードでも株価指数CFDは値が16種類しかなく、こういう比較には使えません
  • 変動スプレッド系の配信です。国内店頭FXで主流の「原則固定」とは性質が違うので、絶対値をそのまま自分の口座に当てはめることはできません。読み取れるのはペア間の相対関係です
  • 3年間(2023年8月〜2026年8月)の実測であり、将来も同じ関係になることを示すものではありません
  • 「合成の足し算」は近似です。スプレッドが小さい範囲では成り立ちますが、厳密な関係式ではありません
  • 値動きは1分足の中央値で測っています。より長い時間軸で見れば、コスト比の順位は変わりえます
  • **なぜ豪ドル/円だけ安いのかは、このデータからは分かりません。**直接値付けか内部相殺かを区別する情報は、外からは観測できません

まとめ

  • 「クロス円は合成だから広い」は、ユーロ/円・英ポンド/円ではほぼ計算どおりに当たる
  • 豪ドル/円・NZドル/円では当たらない。合成で計算した値の4〜5割しかない
  • 値動きで調整すると、豪ドル/円のコストは豪ドル/米ドルの約半分
  • 朝方だけは円がらみが最も悪化する(8.3〜11.4倍)。平時の順位とは別に見る必要がある

通説を否定する話ではなく、通説が成り立つ条件と成り立たない条件を分けられた、という結果です。

出典

※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の取引や通貨ペアを推奨するものではありません。数値は集計期間における実測値であり、将来の結果を保証するものではありません。