資料室 ── 市場構造・コスト ── 更新 2026-08-26

スプレッドが開くのは1日1時間 — 2.2億ティックで測ったら、その時刻は季節で1時間ずれていた

スプレッドはなぜ変動するのかで、スプレッドが開く局面を構造から整理しました。ただしあの記事には数値を書いていません。「早朝は広い」「欧州・NY重複は狭い」という順序関係までで止めたのは、引用できる一次情報が見つからなかったからです。

そこで自分で測りました。3通貨ペア×3年分のティックデータ、合計2億2,218万件です。

結果は予想以上にはっきりしていました。スプレッドが大きく開くのは1日のうち1時間だけで、しかもその1時間は季節によって時計の上を1時間動きます。

結論

  • スプレッドが大きく開くのは1日1時間。その1時間の中央値は平時の5〜8倍、90パーセンタイルでは7〜12倍になる
  • その1時間は、米国が夏時間なら日本時間6時、冬時間なら7時。年2回、時刻が1時間ずれる
  • 隣の時間帯はほぼ平常。夏時間の7時も冬時間の6時も、平時とさほど変わらない
  • 週明けオープン直後の1時間はさらに広い(中央値で平時の7〜13倍)。ただし1時間で平常に戻る
  • 週末クローズ前の1時間は、中央値がほとんど動かないのに99パーセンタイルだけ2〜4倍になる。裾だけが伸びる
  • 同じ1時間に、ティック数が最も多い時間帯の6〜12分の1まで落ちる。流動性が消えるのとスプレッドが開くのは同時に起きている
  • 3通貨ペアすべてで同じ形が独立に出た。特定の通貨ペア固有の現象ではなく、市場構造そのもの

何を測ったか

  • データ: ForexTester 6 の Advanced Data Feedが配信する実勢ティック(bid/ask両方を含む)。約定価格だけでなく提示スプレッドが復元できる形式です
  • 期間: 2023年8月25日〜2026年8月23日(UTC)の3年間
  • 通貨ペア: 米ドル/円(9,316万ティック)、ユーロ/米ドル(6,086万ティック)、英ポンド/米ドル(6,815万ティック)
  • 集計方法: 全ティックの ask - bid をポイント単位の整数に丸め、時間帯別・曜日別にヒストグラムへ積み上げました。平均値ではなく中央値・90パーセンタイル・99パーセンタイルで見ています

単位はポイントで集計し、表示は銭・pipsに直しています(米ドル/円は1ポイント=0.1銭、他2ペアは1ポイント=0.1pips)。

平均値を使わなかったのは、前の記事で書いたとおりスプレッドの分布が大きく歪んでいるからです。実際、米ドル/円の全期間の中央値は0.6銭ですが、最大値は53.7銭でした。この分布を平均値ひとつで代表させても、実態は伝わりません。

1日の形

米ドル/円の中央値を、日本時間の各時間帯で並べます。週明け・週末は別の現象が混ざるので、ここでは月曜〜木曜だけを集計しています。

日本時間米国夏時間の中央値米国冬時間の中央値
9〜14時(東京)0.6銭0.7銭
15〜17時(ロンドン序盤)0.5銭0.6〜0.7銭
18時〜翌4時(欧州・NY重複)0.5銭0.6銭
5時0.7銭0.6銭
6時4.1銭0.8銭
7時1.0銭3.6銭
8時0.7銭0.9銭

1日のほとんどの時間、中央値は0.5〜0.7銭でほぼ平坦です。そこに1時間だけ、6〜8倍の突起が立ちます。

そして注目してほしいのは、その突起が夏時間と冬時間で入れ替わっていることです。夏時間の6時は4.1銭ですが、冬時間の6時は0.8銭にすぎません。7時はその逆です。

開く時刻は季節で1時間動く

理由ははっきりしています。ロールオーバー(決済日の切り替え)はニューヨーク時間の17時に起きます。米国が夏時間ならUTC21時、冬時間ならUTC22時です。日本時間に直すと6時と7時になります。

これは推測ではなく、市場慣行として明文化されているものです。値決め日の切り替え時刻を整理した資料(末尾の出典)には、夏時間はGMT21時、冬時間はGMT22時と表になっています。今回の実測は、その表と1時間の単位でそのまま一致しました。

つまり「日本時間の朝6時ごろが広い」という通説は、半分正しくて半分間違いです。正確には「ロールオーバーの1時間が広く、それが6時になるか7時になるかは季節による」ということになります。

3ペアで、その1時間の値を並べます。

通貨ペア平時の中央値ロールオーバー時の中央値平時の90%点ロールオーバー時の90%点
米ドル/円0.5〜0.6銭4.1銭(夏)/ 3.6銭(冬)0.8〜0.9銭9.8銭 / 8.1銭
ユーロ/米ドル0.3pips1.7pips / 1.7pips0.5〜0.6pips4.5pips / 3.6pips
英ポンド/米ドル0.7〜0.8pips4.0pips / 3.6pips1.0pips9.3pips / 7.4pips

倍率にすると、中央値で4.5〜8.2倍、90パーセンタイルで7.2〜12.3倍、99パーセンタイルでおよそ7〜16倍です。3ペア・2つの季節、合計6通りの組み合わせすべてで同じ範囲に収まりました。

開くのは急、戻るのはゆっくり

もうひとつ、非対称な性質が出ています。

  • ロールオーバーの1時間前(冬時間の6時、夏時間の5時)の中央値は、平時の1.2〜1.4倍程度
  • ロールオーバーの1時間後(夏時間の7時、冬時間の8時)は、平時の1.5〜2.0倍

つまり広がるのは急激で、戻るのには時間がかかります。ロールオーバーが終われば即座に元通り、ではありません。

流動性も同時に消えている

同じ1時間に、ティックの発生数そのものが激減します。

通貨ペア最も多い時間帯ロールオーバー時比
米ドル/円359万件(夏・23時台)30万件1/11.9
ユーロ/米ドル277万件(夏・23時台)41万件1/6.7
英ポンド/米ドル295万件(夏・23時台)50万件1/5.9

「板が薄くなるからスプレッドが開く」という説明は、この2つが同じ時間に起きていることで裏づけられます。値が動かないから静かな時間帯なのではなく、値をつける主体がいない時間帯です。

週明けと週末は、別の現象

「早朝が広い」と一括りにされがちですが、実測すると3つの異なる現象が混ざっていました。分布の中でどこが動くかが、それぞれ違います。

局面中央値90%点99%点分布の動き方
平日のロールオーバー(1時間)5〜8倍7〜12倍7〜16倍全体が動き、裾はさらに伸びる
週明けオープン(1時間)7〜13倍8〜18倍9〜19倍最も広い。1時間で収まる
週末クローズ前(1時間)1.0〜1.3倍1.5〜2.0倍2〜4倍中央値はほぼ動かず、裾だけ伸びる

週明けオープン

週明けの最初の1時間は、平日のロールオーバーよりさらに広くなります。米ドル/円の中央値は6.4銭(夏時間)・5.0銭(冬時間)で、平日の同じ時刻(4.1銭・3.6銭)の1.4〜1.6倍です。

ただし1時間で終わります。その次の1時間の中央値は1.1銭まで戻り、平日の同じ時刻とほとんど変わりません。週明けのギャップ警戒でオープンから何時間も避ける必要はなく、効くのは最初の1時間ということになります。

週末クローズ前

こちらは性質がまったく違います。取引週の最後の1時間、米ドル/円の中央値は0.9銭で、同じ時刻の平日(0.6〜0.7銭)とほとんど変わりません。中央値だけ見れば「何も起きていない」ように見えます。

ところが99パーセンタイルは7.5銭で、平日の同じ時刻(2.0〜2.7銭)の2.8倍です。3ペアとも同じ形で、99パーセンタイルの倍率は2.1〜3.8倍でした。

**平均値や中央値だけを見ていたら、この局面は完全に見落とします。**分布で見るべき、というのはこういうことです。

実務でどう使うか

  • **時間帯を選べる戦略なら、ロールオーバーの1時間を外すだけでコストが大きく変わります。**ここは過去データへの最適化ではなく市場構造に基づく判断なので、劣化しにくい部類の改善です
  • **その1時間は固定ではありません。**米国の夏時間切り替え(3月第2日曜・11月第1日曜)で1時間ずれます。時刻をハードコードした除外ロジックは、年2回ずれることになります
  • **バックテストで使う「固定スプレッド」の設定値には、この1時間が含まれていません。**平時の値でバックテストして、実運用で朝方に約定する戦略は、想定より不利になります
  • 週明けは最初の1時間だけを警戒すれば足ります。逆に週末クローズ前は、中央値で判断すると危険です。ここは裾でしか現れません
  • 決済コストの見え方については約定とスリッページの仕組みも参照してください。原則固定の業者では、スプレッド拡大のかわりに約定拒否という形でコストが現れることがあります
  • 時間帯そのものの性質は時間帯で市場はどう変わるか、指標発表時の挙動は経済指標の発表時、市場では何が起きているのかにまとめています
  • スワップの付与(ロールオーバー)と、このスプレッド拡大は同じ瞬間の出来事です。同じロールオーバーを「何日分つくか」の側から実測したのがスワップ「3倍デー」を5年8ヶ月分実測したら、水曜・3日分は6割しかなかった、仕組みの整理がスワップポイントの仕組みです。日数の面と時刻の面を合わせると、朝方に何が起きているのか全体像がつかめます

データの見方(方法と限界)

条件を正直に書いておきます。

  • **データ源は1つです。**ForexTester 6 の Advanced Data Feedが配信するティックを使っています。その先の流動性提供元は公開されていませんので、特定のFX業者のスプレッドではありません。読み取れるのは市場全体の傾向です
  • **変動スプレッド系の配信です。**国内店頭FXで主流の「原則固定」とは性質が違うので、絶対値をそのまま自分の口座に当てはめることはできません。ただし原則固定は業者が変動リスクを引き受けている方式なので、その裏側で市場が何をしているかを示す資料としては有効だと考えています
  • **集計は1時間単位です。ここに出ている 4.1銭 は「その1時間の中央値」であって、瞬間の最大値ではありません。**あとで同じデータをニューヨーク17時から分単位で揃え直したところ、ピークは +4分の 8.9銭 でした。**1時間の枠に数分の山を入れて平均すると、山は潰れます。**時間帯どうしの比較にはこの記事の数字を、最悪値の見積もりには分単位の数字を使ってください(2026-08-26 追記)
  • 3年間(2023年8月〜2026年8月)の実測であり、将来も同じ分布になることを示すものではありません
  • 夏時間・冬時間の判定には米国の切り替え日を使っています。欧州の切り替え日は米国と数週間ずれるため、年に3週間ほど、ロンドン時間側の時刻がこの集計とずれる期間があります
  • 経済指標発表時の拡大は、この集計では時間帯の中に埋もれています。イベント単位での集計は別途必要です

補足: 長い期間で集計したほうが、かえって誤ることがある

この集計で一番の教訓は、方法論のほうにありました。

最初に3年分をまとめて集計したとき、ロールオーバー時の中央値は平時の2.0倍にしか見えませんでした。ところが夏時間と冬時間を分けたら、6〜8倍でした。

原因は、動いている時刻を平均してしまったことです。1時間の鋭いピークが、夏時間なら6時、冬時間なら7時に立ちます。3年分をそのまま集計すると、ピークが2時間に塗り広げられ、どちらの時間帯も「そこそこ広い」という平坦な姿になります。

**サンプルを増やしたほうが正確、とは限りません。**測っている対象が時計の上を動いているなら、期間を延ばすほど像はぼやけます。実際、試しに1ヶ月だけで集計したときは正しい倍率(約9倍)が出ていました。1ヶ月は片方の季節に収まるからです。

同じ罠は、サマータイムをまたぐバックテストにも当てはまります。時刻でフィルタする戦略を年をまたいで検証するときは、時刻が固定されているのか、市場のイベントに紐づいているのかを分けて考える必要があります。

まとめ

  • スプレッドが大きく開くのは1日1時間。中央値で平時の5〜8倍
  • その1時間は夏時間なら日本時間6時、冬時間なら7時。年2回ずれる
  • 週明けオープンは最初の1時間だけさらに広く、1時間で戻る
  • 週末クローズ前は中央値が動かず、99パーセンタイルだけ2〜4倍になる
  • 3通貨ペアで同じ形が独立に再現した

本記事の数値は、スワップサヤ取り計算機(TOOL-001)が表示する各社の公表スプレッド(平時の原則固定値)とは別物です。公表値は「最も条件の良いときの値」であり、本記事の平時の値に対応します。

出典

※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の取引や業者を推奨するものではありません。数値は集計期間における実測値であり、将来の結果を保証するものではありません。