資料室 ── 市場構造・コスト ── 更新 2026-08-28
米雇用統計でスプレッドはどれだけ開くか — 実は毎朝のロールオーバーのほうが広い
「指標発表の瞬間はスプレッドが開く」——これはよく言われます。経済指標の発表時、市場では何が起きているのかでも、仕組みとして書きました。
ただ、どれくらい・何分間開くのかは書いていませんでした。数字がなければ、避けるべきかどうかも判断できません。
米雇用統計(NFP)について、3年分・35回を分単位で測りました。結果は予想と少し違いました。
結論
- 拡大のピークは発表のその1分。前後に広がらず、非常に鋭い
- 大きさは平常の金曜の1.5〜1.8倍(中央値)。90パーセンタイルでは1.4〜1.7倍
- 1〜2分前から立ち上がり、5〜10分で元に戻る。影響が続く時間は短い
- ただし、毎日のロールオーバー(日本時間6〜7時)のほうが広い。同じ分単位で比べると、NFPのピークが1.8銭に対しロールオーバーは8.9銭。約5倍の差
- 対照群として使った「NFP以外の金曜の同時刻」も、すでに平常の2倍前後でした。8:30 ETという枠自体が広い時間帯です
何を測ったか
- データ: ForexTester 6 の Advanced Data Feed が配信するティック
- 期間: 2023年8月25日〜2026年8月23日、NFP発表35回
- 対象: 米ドル/円、ユーロ/米ドル、英ポンド/米ドル
- 発表日時: BLSが公表している実際の日程を使いました。時刻はいずれも 8:30 ET(米国夏時間なら12:30 UTC、冬時間なら13:30 UTC)
- 対照群: 発表と同じ曜日・同じ時計時刻で、発表日でない日。曜日と時刻を揃えることで「その曜日のその時間はもともと広い」という可能性を除いています
「第1金曜」で近似したら、5回外していた
最初は「毎月第1金曜」という通説で近似しました。ところがBLSの日程を実際に引いたら、35回のうち5回は金曜ですらありませんでした。
| 発表日 | 曜日 |
|---|---|
| 2025-07-03 | 木 |
| 2025-11-20 | 木 |
| 2025-12-16 | 火 |
| 2026-02-11 | 水 |
| 2026-07-02 | 木 |
金曜であっても第1金曜でない回(第2金曜)も複数ありました。
近似のままだと、取りこぼした回が対照群に混ざって効果を薄めます。実日程で測り直したところ、結果はほぼ同じでした。近似は結果的に妥当だったわけですが、確かめるまでは分かりませんでした。
結果:ピークは「その1分」だけ
米ドル/円です(単位は銭)。
| 発表からの分 | NFP当日 中央値 | 他の金曜 中央値 | 倍率 |
|---|---|---|---|
| -30分 | 0.5 | 0.5 | 1.0倍 |
| -5分 | 0.6 | 0.6 | 1.0倍 |
| -2分 | 0.8 | 0.6 | 1.3倍 |
| -1分 | 1.0 | 0.6 | 1.7倍 |
| 0分 | 1.8 | 1.0 | 1.8倍 |
| +1分 | 1.1 | 0.7 | 1.6倍 |
| +3分 | 0.8 | 0.6 | 1.3倍 |
| +5分 | 0.7 | 0.6 | 1.2倍 |
| +20分 | 0.6 | 0.6 | 1.0倍 |
2分前から立ち上がり、発表の分に最大、10分でほぼ元通りという形です。
3通貨ペアとも同じ形でした。
| ピーク(0分) | 対照 | 倍率 | 90%点(0分) | |
|---|---|---|---|---|
| 米ドル/円 | 1.8銭 | 1.0銭 | 1.8倍 | 4.5銭(対照2.5銭) |
| ユーロ/米ドル | 0.8pips | 0.5pips | 1.6倍 | 1.8pips(対照1.1) |
| 英ポンド/米ドル | 1.7pips | 1.1pips | 1.5倍 | 3.3pips(対照2.2) |
90パーセンタイルでは米ドル/円で4.5銭まで開きます。中央値だけ見ると穏やかですが、半分より広い側は倍以上になります。
意外だったこと:ロールオーバーのほうが広い
ここが今回いちばんの発見でした。
スプレッドが開くのは1日1時間で測ったとおり、**毎日のロールオーバー(日本時間6〜7時)**は1日で最も広い時間帯です。
ただし、そこで出した4.1銭という数字は1時間の中央値でした。この記事のNFPは分単位で測っています。粒度が違うものを並べると比較になりません。
そこで、ロールオーバーも同じ分単位で測り直しました。ニューヨーク17時からの分で揃えて集計したところ、ピークは**+4分の8.9銭**でした。
| 中央値 | 90%点 | |
|---|---|---|
| 毎日のロールオーバー(分単位のピーク) | 8.9銭 | 17.9銭 |
| 毎日のロールオーバー(1時間の中央値) | 4.1〜4.5銭 | 9.8銭 |
| 米雇用統計のピーク(分単位) | 1.8銭 | 4.5銭 |
同じ土俵で比べると、毎朝のほうが約5倍広いという結果です。
1時間の中央値(4.1銭)と分単位のピーク(8.9銭)が2倍違うことにも注目してください。1時間の枠に数分の山を入れて平均すると、山は潰れます。
理由を考えると筋は通ります。ロールオーバーは値を出す主体そのものが一時的にいなくなる時間帯です。一方NFPは、参加者は揃っているが不確実性が高い瞬間です。前者のほうが、スプレッドという意味では厳しいわけです。
「指標発表は危ない」という警戒が広く共有されているのに対し、毎朝のロールオーバーはあまり話題になりません。コストの観点では逆でした。
対照群も広かった、という注意
もうひとつ、書いておかなければならないことがあります。
対照群に使った「発表日でない同じ曜日の同時刻」も、その時刻だけ広くなっていました。米ドル/円で1.0銭、平常時の0.5〜0.6銭に対して2倍前後です。
理由は明らかで、8:30 ETという枠は他の米指標も出る時間だからです。消費者物価指数も、小売売上高も、この時刻に発表されます。
つまりこの記事の「1.5〜1.8倍」という数字は、すでに広くなっている状態からさらに、という意味です。何も予定がない時間帯と比べれば、倍率はもっと大きくなります。
実務でどう使うか
- **避けるなら「発表の前後10分」で足ります。**それより外は平常と変わりませんでした
- 1〜2分前から立ち上がるので、発表時刻ちょうどに閉じるのでは遅い可能性があります
- **中央値ではなく90パーセンタイルで見てください。**米ドル/円で4.5銭です。損切りが近ければ、その幅だけで触れることがあります
- **毎朝のロールオーバーのほうを先に検討してください。**月1回のイベントより約5倍広く、しかも毎日起きます。時間帯別コスト計算機(TOOL-003)で自分の取引時刻の実測値を確認できます
- 8:30 ETの枠そのものが広いことも覚えておいてください。NFPの日でなくても、その時刻は平常の2倍前後でした
- スプレッド以外に、約定拒否やスリッページという形でもコストが現れます(約定とスリッページの仕組み)。この記事はスプレッドだけの話です
データの見方(方法と限界)
- **発表日時はBLSの公表日程をそのまま使いました。**通説の「第1金曜」では5回外れます(上記)
- 35回のみです。個々の発表では結果が大きく違います。中央値で見た姿だと理解してください
- 対照群は「無風時」ではありません(上記)。8:30 ETは他の米指標も出る枠です
- 1つの配信元のデータです。ForexTester 6 の Advanced Data Feed で、その先の流動性提供元は公開されていません
- 変動スプレッド系の配信です。国内店頭FXで主流の「原則固定」では、拡大のかわりに約定拒否という形になることがあります
- **他の指標は測っていません。**FOMC、日銀会合、CPIなどは別の形をしている可能性があります
まとめ
- NFPの拡大は発表のその1分がピーク。前後に広がらない
- 大きさは平常の金曜の1.5〜1.8倍。90%点では米ドル/円で4.5銭
- 1〜2分前から立ち上がり、10分で戻る
- 毎日のロールオーバーのほうが約5倍広い(分単位で比べて 8.9銭 vs 1.8銭)
- 対照群にした「他の金曜の同時刻」もすでに平常の2倍前後。その枠自体が広い
「指標発表は避けるべき」は正しいのですが、避けるべき時間はもっと短く、そして毎朝のほうが実は厳しいというのが実測から見えた姿でした。
出典
- 集計データ: ForexTester 6 の Advanced Data Feed が配信するティック。2023年8月25日〜2026年8月23日、NFP発表35回、3通貨ペア。集計スクリプトは自作
- 発表日程の出典: Employment Situation リリース日程 — 米国労働統計局(BLS) および年別アーカイブ(2026-08-26 取得)。いずれも 8:30 ET
- ロールオーバー時の拡大: スプレッドが開くのは1日1時間(同一データによる当サイトの実測)。分単位の 8.9銭 は、本記事と同じ手法でニューヨーク17時を基準に集計し直したもの
- 指標発表時に起きること: 経済指標の発表時、市場では何が起きているのか(当サイト)
- 約定面のコスト: 約定とスリッページの仕組み(当サイト)
※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の取引や時間帯を推奨するものではありません。数値は集計期間における実測値であり、将来の結果を保証するものではありません。