資料室 ── 市場構造・コスト ── 更新 2026-09-03
経済指標の「重要度」は当てになるか — 3万件の発表とティックで確かめたら、下2段階は平常時と区別がつかなかった
経済指標のカレンダーには、たいてい重要度のラベルが付いています。★の数だったり、色分けだったりします。
「重要度が高い指標の前後は避けましょう」という使い方をされます。
そのラベルは、実際のスプレッド拡大と対応しているのでしょうか。
手元のティックデータと、同じ配信に付属する経済指標カレンダーを突き合わせて確かめました。3年分・3万件の発表が対象です。
結論
- **下2段階(低・中)は、平常時とまったく区別がつきませんでした。**どちらも平常の1.00倍です
- 最上位でも、前後5分の平均では1.17倍(ユーロ/米ドルでは1.00倍)でした
- 実際に開いていたのは上位ごく一部の発表枠だけです。米CPIで2.7倍、米雇用統計で2.5倍
- 重要度が最低のラベルなのに1.8倍開く指標がありました(日本のコアCPI)
- 「要人発言」はまったく開きませんでした(1.0倍)。重要度のラベルは付いています
- そして、どれも毎朝のロールオーバー(平常の14.8倍)には遠く及びません
何を測ったか
- データ: ForexTester 6 の Advanced Data Feed が配信するティックと、同じソフトに付属する経済指標カレンダー
- カレンダー: 2007年〜2026年8月、9通貨、90,100件。重要度は**0(低)・1(中)・2(高)**の3段階
- ティック: 2023年8月25日〜2026年8月23日
- 対象: 米ドル/円(USD・JPYの指標 32,609件)、ユーロ/米ドル(対照)
- 対照群: どの指標の前後5分にも入らない時間の中央値
カレンダーの時刻がUTCであることは、米雇用統計が12:30(米国夏時間)/13:30(冬時間)に並ぶこと、つまり8:30 ETと一致することで確認しました。
単位を「指標」ではなく「発表枠」にした理由
測り始めてすぐ壁にぶつかりました。
主要な指標は、必ず他の指標と同時に発表されます。米雇用統計は、非農業部門雇用者数・失業率・平均時給が同じ分に出ます。米CPIも、総合と コアが同時です。
指標名をひとつ選んで代表にすると、どちらを代表にするかで順位が変わってしまいます。実際、最初に書いたコードは同点処理の順番で結果が変わりました。
そこで、**その分に出た指標の組をまとめて1つの「発表枠」**として数えました。「米雇用統計の効果」ではなく「あの8:30 ETの枠の効果」を測っている、ということです。
発表のあった23,423分のうち、5,767分(24.6%)が同時発表でした。
結果1:重要度のラベルは、下2段階が機能していない
前後5分の中央値です。
| 重要度 | 米ドル/円 | 平常比 | ユーロ/米ドル | 平常比 |
|---|---|---|---|---|
| 平常時 | 0.6銭 | — | 0.3pips | — |
| 0(低) | 0.6銭 | 1.00倍 | 0.3pips | 1.00倍 |
| 1(中) | 0.6銭 | 1.00倍 | 0.3pips | 1.00倍 |
| 2(高) | 0.7銭 | 1.17倍 | 0.3pips | 1.00倍 |
**「低」と「中」は平常時と数字が一致します。**区別がついていません。
「高」でも、米ドル/円で1.17倍、ユーロ/米ドルでは1.00倍でした。
念のため書くと、これは前後5分の平均です。発表のその1分だけを見れば、後述のとおりもっと開く枠があります。ただし「重要度が高い」という括りでは、平均するとほぼ消えます。
結果2:効いているのは上位ごく一部の枠だけ
発表枠ごとに、その1分の中央値を見ます(3年で20回以上あるものだけ)。
米ドル/円
| 発表枠 | 倍率 | 中央値 | 回数 | 重要度 |
|---|---|---|---|---|
| 米CPI(他2件と同時) | 2.7倍 | 1.6銭 | 21 | 2 |
| 米雇用統計(他2件と同時) | 2.5倍 | 1.5銭 | 29 | 2 |
| 日本のコアCPI | 1.8倍 | 1.1銭 | 36 | 0 |
| FOMC議事要旨 | 1.8倍 | 1.1銭 | 22 | 2 |
| ADP雇用統計 | 1.7倍 | 1.0銭 | 36 | 2 |
| ISM非製造業景況指数 | 1.7倍 | 1.0銭 | 22 | 2 |
| 新規失業保険申請件数 | 1.7倍 | 1.0銭 | 29 | 2 |
| 日本の現金給与総額 | 1.5倍 | 0.9銭 | 25 | 0 |
| FRB高官の発言(複数) | 1.0倍 | 0.6銭 | 20〜73 | 0〜1 |
ユーロ/米ドルでも順番はほぼ同じでした。
| 発表枠 | 倍率 | 回数 |
|---|---|---|
| 米CPI(他2件と同時) | 2.3倍 | 21 |
| 米雇用統計(他2件と同時) | 2.0倍 | 29 |
| ECB政策金利(他1件と同時) | 2.0倍 | 23 |
| 独製造業PMI速報(他1件と同時) | 2.0倍 | 34 |
2つの異なるペアで同じ枠が上位に来たので、偶然ではありません。
結果3:ラベルと実測が食い違う例
上の表で目立つのが日本のコアCPIです。
重要度は最低の「0」が付いています。ところが実測は1.8倍で、重要度2の多くの指標より上でした。日本の現金給与総額(重要度0)も1.5倍です。
理由は想像がつきます。このカレンダーは通貨ペアではなく通貨ごとにラベルが付いています。日本の指標は、世界全体で見れば重要度が低いのかもしれません。しかし米ドル/円を取引しているなら話は別です。
逆の例もあります。「FRB高官の発言」は1.0倍でした。平常時と完全に同じです。重要度のラベルは付いていて、件数も多い(73回のものもある)のに、スプレッドはまったく動いていません。
つまり、ラベルは「その通貨圏でニュースとして扱われる度合い」を表しているのであって、「スプレッドが開くかどうか」を表しているわけではないようです。
結果4:それでも、毎朝のほうが広い
米雇用統計の記事でも書きましたが、もう一度置いておきます。
| 米ドル/円の中央値 | 平常比 | |
|---|---|---|
| 毎日のロールオーバー(分単位のピーク) | 8.9銭 | 14.8倍 |
| 米CPIの発表枠 | 1.6銭 | 2.7倍 |
| 米雇用統計の発表枠 | 1.5銭 | 2.5倍 |
いちばん開く指標でも、毎朝のロールオーバーの5分の1以下です。
「重要度の高い指標を避ける」という運用は、もっと大きなものを見落としたまま、小さいものを避けていることになります(時間帯別コスト計算機で自分の取引時刻を確認できます)。
実務でどう使うか
- **重要度のラベルでフィルタするのはやめたほうがよさそうです。**下2段階は平常時と区別がつきませんでした
- **具体的な発表枠の名前で覚えてください。**米CPI、米雇用統計、ECB政策金利。この3つが上位でした
- **自分の取引ペアに関係する国の指標は、ラベルが低くても見てください。**日本のコアCPIが実例です
- 「要人発言」は避ける必要がなさそうです(この3年、この配信では)
- **ロールオーバーのほうを先に対処してください。**桁が違います
- 避けるなら発表の前後10分で足ります(米雇用統計の記事で測っています)
データの見方(方法と限界)
- 1つの配信元のデータです。ティックもカレンダーも同じソフトに付属するものです。別のカレンダーは別の重要度を付けています
- **カレンダーの提供元は公開されていません。**誰がどういう基準で重要度を決めているのかは分かりません。したがってこの記事は「このカレンダーのラベル」についての話です
- 同時発表は分離できません。「米CPIの効果」ではなく「米CPIが出る枠の効果」です。上の表の「他2件」はそういう意味です
- 3年分・各枠20〜80回です。個々の発表のばらつきは大きく、中央値で見た姿です
- スプレッドだけの話です。値幅(ボラティリティ)は測っていません。スプレッドが開かない=動かない、ではありません
- 変動スプレッド系の配信です。国内店頭FXで主流の「原則固定」では、拡大のかわりに約定拒否という形になることがあります(約定とスリッページの仕組み)
- 予想値(コンセンサス)が発表後に書き換えられていないかは確認していません。この記事では予想値を使っていないので結果には影響しません
まとめ
- 重要度の下2段階は平常時と区別がつかなかった(1.00倍)
- 最上位でも前後5分の平均は1.17倍以下
- 効いていたのは**米CPI(2.7倍)・米雇用統計(2.5倍)・ECB政策金利(2.0倍)**など上位ごく一部の枠
- 重要度0なのに1.8倍の指標があった(日本のコアCPI)
- 「要人発言」は1.0倍。まったく開かない
- どれも毎朝のロールオーバー(14.8倍)には遠く及ばない
ラベルを信じるより、自分が取引する時間とペアで実際に測ったほうが早い、というのが結論です。
出典
- 集計データ: ForexTester 6 の Advanced Data Feed が配信するティック(2023年8月25日〜2026年8月23日)と、同ソフトに付属する経済指標カレンダー(2007年〜2026年8月、90,100件)。集計スクリプトは自作
- 米雇用統計の分単位の測定: 米雇用統計でスプレッドはどれだけ開くか(当サイト)
- ロールオーバー時の拡大: スプレッドが開くのは1日1時間 / 「NZドルは1日2回ロールする」は本当か(当サイト)
- 指標発表時に起きること: 経済指標の発表時、市場では何が起きているのか(当サイト)
- 約定面のコスト: 約定とスリッページの仕組み(当サイト)
※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の取引や時間帯を推奨するものではありません。数値は集計期間における実測値であり、将来の結果を保証するものではありません。